「学びになる失敗」と「次につながらない失敗」の違いとは?

「学びになる失敗」と「次につながらない失敗」の違いとは?

初めて試してみることは、ほとんどの場合うまくいきません。
予想外のことが起きたり、なぜか期待通りの結果になったりするのが当たり前です。

むしろ、初めてなのに「あっさりとうまくいってしまう」という経験が多い人は、未経験の領域への踏み込みが足りないのかもしれません。まだまだ新たな自分に出会える可能性があるのでしょう。

うまくいかなかった時に学びを得られると、次の実験を改善することが可能です。その一方で、忙しく活動を続けながら本来の目的の探究にいまいち繋げられていない人もおられます。その違いは何なのでしょうか。

自分がやれることは全部試してみたか否か?

いろいろな答えが考えられますが、私がいつも自問自答するのは「自分がやれることは全部試してみたか否か?」という問いです。できることをやり残している時は終わったあとに残るのは、学びよりも後悔が多いのです。

講師業を始めてから、このことを何度も痛感しています。大学で授業をすると1コマ90分。高校だと50分です。この限られた時間を形作るために、何度も練習しています。

私には講師の才能はありません。でも、家で一人で練習するだけならできます。だからやっているだけです。練習しないと、私のような人間は人前で90分も喋ることはできません。

練習をしながら話の流れを組み立てながら、何度も修正しています。その度にスライドが増えていき、90分ではとても話しきれない枚数になります。しかし、だからこそ私のような凡才でも90分を話しきる準備ができてきます。

しかし慣れてきたからといって準備で手を抜くと、その「手を抜いた」成果がそのまま受講生の反応に出てきます。その帰り道は後悔ばかりが湧き上がってきます。

人間ですから「完璧な準備」なんてものには到達できないでしょう。しかし、自分にできることをできる限りやり続けることはできます。一発勝負の本番には、それまでの準備がそのままに現れるものなのだと、一発勝負の「講師業」をする中で何度も痛感してきました。

才能がなくても、経験がなくても、自分にはできることがある。

だからこそ、一つの経験から学びを得て、次に繋げるためにも、私はできることをやり続けます。今の自分にできないことをする必要はないんですよね。できないことはできないのですから。でも、才能がなくても、経験がなくても、自分にはできることがあります。

できることに注力し、やり続けることが「学び」につながると信じています。